エイプリルフール
 1926年(大正15年)「婦人グラフ」表紙絵

大正ロマンと竹久夢二

Taisho roman & Yumeji Takehisa

大正ロマンを代表する
時代のアイコン
画家・詩人 竹久夢二 YUMEJI TAKEHISA
  1884.9.16 - 1934.9.1

大正時代は戦勝後の高揚感から、街を歩くきもの姿の人々も希望に満ち、ヨーロッパ「ロマン主義」の影響から「個人の解放」や新時代への理想の憧れ、さらにアール・ヌーボーやアール・デコ等の芸術の流入による和と洋の美意識が融合したロマン溢れる美しき時代でした。そんな大正時代を象徴し、しなやかではかなく、美しい「夢二式美人」で空前の大ブームを巻き起こしたのが時代のアイコンとも言うべき大正ロマンを代表する画家・詩人の「竹久夢二」です。「黒船屋」に代表される「大正の浮世絵師」とも呼ばれる夢二が描く美人画はとても有名ですが、私達が特に注目するのが当時の雑誌等に掲載された夢二好みの着物姿がかわいい「挿絵」の数々です。叙情的でかわいく、愛らしいその姿は今でも世の女性達の乙女心を捉えて離しません。はれまロマンではそんな夢二の「かわいい」にこだわった世界観を「着物」を通してもっと多くの人々に感じてもらいたいと考えています。

独占い 1926年

黒船屋 1919年

初春

金沢と竹久夢二から
「かわいい」文化は
始まった

「KAWAII」という言葉は今や万国の共通語となり、日本の「かわいい文化」は世界に広がっています。ところで、日常でもよく使われる「かわいい」と言う言葉はいつ頃から流行したのかご存知でしょうか?「かわいい」と言う言葉が広まったのは、ロマンチックなイラスト・挿絵・美人画で大正時代の乙女心を魅了した竹久夢二が書いた叙情的な「夢二式美人」の流行がきっかけとなりました。竹久夢二の作品は、それまでの古典的な浮世絵にはなかった「せつない思い」や「あこがれ」など少女の叙情的な感情が溢れ、憂いを含んだ独特の作風に当時の女性達が共感し、多くのファンを生み出しました。
   そして、その特徴的な「夢二式美人」の最初のモデルとなったのが、竹久夢二の最初の妻でもある金沢市、味噌蔵町(現大手町)出身の「岸たまき」だったのです。つまり「KAWAII」「かわいい」文化の本当の原点は、金沢市の中心部にあったと言えるのではないでしょうか。

時代を超える
夢二が描いた
「可愛い」夢二が描いた黒猫

叙情的な美人画で有名な夢二ですが、それは彼が描いた「かわいい」の一部分にすぎませんでした。時代に先駆けて夢二的な「かわいい」を表現したのが、現代でもあまり紹介されることの少ない、当時の雑誌に掲載された挿絵やポスター、絵本、日曜雑貨などに見られる優れたデザインと色彩感覚に溢れた多くの作品群です。日本のグラフィックデザイナーの先駆けとも言われる夢二の作品は現代の基準で見ても斬新で美しく、それらの多くは大正3年に東京・日本橋に夢二がオープンした「かわいい」をコンセプトとした雑貨店「港屋絵草紙紙店」がその原点となっています。港屋絵草紙紙店から発信された「かわいい」ファンシーグッズの数々は大正時代の乙女心をときめかせ、大きな評判を呼ぶこととなるのです。